「屋代」 姓 苗字 ゆかりの地を巡るルーツ探しの旅 信濃 長野編

荒砥城跡 おすすめ 観光 スポット
信濃 屋代氏が守った荒砥城
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私は自分の「屋代」という苗字と同じだということだけでSNSで友達申請を受けた方が何名かいます。 

またコロナ初期にマスクが不足した際には、屋代さんからマスクが送られてきたという出来事もありました。  

皆さんそれぞれと屋代について知ることを情報交換していますが、一歩踏み込んで屋代のルーツを知るための旅をしてきました。             

屋代さんの参考になればと思います。

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我が家の家紋

千葉県勝浦市にある我が家の近くにお墓があります。ある日お墓を見ていると家紋が2つあります。

丸に揚羽蝶の家紋
丸に揚羽蝶の家紋

丸に揚羽蝶の家紋。これは平清盛系の平氏の家紋。

入山に上
入山に上

もう一つは入山紋の下の上の紋。専門家に聞いたらオリジナルじゃないか?との事でした。

何でこの家紋なんだろう?屋代家のルーツはどこなんだろう?という疑問が生まれました。

屋代さんが多い所

それで、まず調べてわかった事は、屋代の姓が多い所でした。

1位 栃木県 大田原市
2位 千葉県 勝浦市
3位 栃木県 那須郡那珂川町
4位 栃木県 宇都宮市
5位 埼玉県 東松山市

栃木県方面濃厚かな?平家落人伝説の宿とかあるし。
親戚とかいないんですけどね。

もう少し調べてみたら色々でてきました。

屋代の語源を調べてみた

日本姓氏語源辞典によると

①長野県千曲市屋代発祥。平安時代に記録のある地名。千葉県館山市北条が藩庁の安房北藩主に江戸時代あった。
②富山県氷見市吉滝付近(旧:八代)から発祥。鎌倉時代に記録のある地名。「八代」とも表記した。
③山形県置賜郡高畠町付近。(旧:屋代荘)から発祥。平安時代に記録のある地名。宮城県仙台市青葉区内川内が藩庁の仙台藩士に江戸時代にあった。
④山口県大島郡周防大島町の屋代島から発祥。奈良時代に記録のある地名。

館山市には「万石騒動」という、屋代氏が藩主の頃に一揆が起きたといういう話がありますが、そこからの流れが濃厚ですかね。

その屋代氏の発祥が長野県千曲市にあると知り、調べたら屋代って駅があるじゃないですか!

屋代城跡も。屋代氏の家紋の中には「上」が使われてるし。

というか川中島古戦場のすぐそばじゃん!

それから「風林火山」のDVDを見たりして歴史をインプットします。

「信濃 屋代一族」という本まで見つけてしまい、もう行かないわけにはいきません。

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長野に到着

車を走らせ長野泊。お蕎麦屋さんの看板にの家紋を発見!村上氏や屋代氏ゆかりの地に来た感で心が盛り上がってきます。

海の近くに住んでるので海のない土地に来ると遠くに来たという気持ちになります。

千曲の山城
千曲の山城 荒砥 資料

長野自動車道の上田を過ぎたあたりから千曲川を挟んでぽこぽこと丘のような山が見えてきます。

その山々には城があって村上、出浦、室賀など真田丸のドラマで出てきた武将が武田からこの地を守っていました。その中に屋代城もありました。

荒砥城本丸まで登ると全部見渡せて当時の景色が目に浮かびます。上田城は地図の南、川中島は屋代城の北です。

荒砥城跡地図
荒砥城跡からの眺め

屋代氏もいた事のある荒砥城。戸倉上山田温泉から急な坂を上ると城跡が見事に再現されています。

戸倉上山田温泉というとスナック文化を復活させようと宣伝してますね。

写真の右側の山の先が屋代城跡の辺りだと思われます。城郭は4段になっていて歩いて上がっていたら草むらでガサガサ音がします。「熊?」って思いましたが平日なので誰もいません。そしてバキバキっと大きな動物が出て来ました。

真面目に腰を抜かしそうになりましたが、おじいさんでした(笑)それもまたびっくりなんですけど(笑)話を聞くとまだ奥があるらしいのです。

本丸の資料を見ると、敵が攻めて来て本当にヤバい時のためにまだ奥があるのだとか。

ふもとには里もあって、それも含めての城なんだそうですが、スケールの大きさに感動しました。すごい高低差ですが山全体が城だったのがわかります。

荒砥城
山城再現図 荒砥城資料

このような物もありました。

村上氏・山田氏・屋代氏の系図
村上氏・山田氏・屋代氏の系図 荒砥城資料

屋代城跡

屋代城跡
屋代城跡

地名で屋代とはないようなのですが、屋代駅、屋代高校などがあります。屋代駅の裏にある山にお城があったようです。

駅からだとお寺の敷地から登って行くようになるのかな?長野県立歴史館の方から登山しました。建物は残っていませんが曲輪や堀切など人の手が加わった痕跡が残っています。

川中島古戦場跡

この辺りは村上氏が勢力を持っていました。村上の家系で屋代を名乗った者がいたのが屋代一族の始まりのようです。

屋代氏は村上の代理で出陣するなど、村上氏の重鎮の位置にありました。

両方から攻めてくる武田と上杉2大勢力のどっちにつくか?真ん中にいる人は悩む所です。

村上とともに上杉側だった屋代氏は真田などの計略のよって村上氏を裏切り武田につきます。

川中島古戦場跡
川中島古戦場跡

上杉の拠点となった妻女山にも車で登ってみましたがすごく急な山ででした。展望台から川中島を見下ろしてみましたが、とても大きな事が起きてたんだなって思いました。

こちらが武田軍の拠点となった海津城(松代城)中に入ると石垣ががっしりしていて迫力があります。

海津城(松代城)
海津城(松代城)
海津城(松代城)地図
海津城(松代城)地図


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次の旅の材料

屋代氏は信濃が発祥だとわかりました。

武田が滅び徳川に仕えるようになり千葉の館山の北条陣屋。静岡の丸子城へと移ります。江戸の屋敷も話に出て来ます。それらゆかりの地を巡りたいと思っています。

それから、やはり栃木方面は気になりますので、もう少し事前調査を進めてから行ってみたいと思っています。

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